NO YOGA NO LIFE

ヨガやフラワーエッセンス、アロマテラピーなど自然療法に興味があり、心と身体のバランスを取る方法などを紹介していきます。また自然や動物と暮らす中で感じる事なども綴っていこうと思います。

Leuchtturm1917の5年日記

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先月の誕生日に日記帳を買いました。日本の実家だと駅前に行けばその辺で良質のものが買えるのでネットで探すというところまでは至らないのですが、フロリダは日本と違い、なんせデジタル化が進み「質より量」のこの国では良質な紙製品はなかなか巷には出回ってません。

それに私が欲しかったのは、少し特殊な10年日記。母が昔使っていた石原10年日記が欲しかったのだけどアメリカまでの送料を考えて断念し、アメリカで同様のものがないかチェックしてたらこちらには10年日記が少ないんですね。結局5年日記の方がデザインもいろいろあることがわかり、その中でレビューの高いドイツのロイヒトトュルムが作っている5年日記をアマゾンで買いました。これが大正解でした。

この出会いがあって紙製品やペンの世界が一気に広がりました。この世界の良さを追求したくなってしまいお金がいくらあっても足りません(笑)。そのくらい普通の文具との差を感じる紙や使い勝手のクオリティーです。ペンが滑らかに走るので書くのが楽しいし、文字が綺麗に見えます。これに味をしめて、次はバレットジャーナル用にドットの入ったA5のノートが欲しくなりました。たくさんの色が揃っているのでどの色にするか、迷ってしまいます♪

皆さんはもう来年の手帳を買いましたか?日本の手帳は進化してて良いデザインや可愛いものがたくさんありますね。去年はわざわざ日本から取り寄せましたが、今はバレットジャーナルにはまっているので来年の手帳は手作りになりそうです。(ここで売られてる手帳は何故かマンスリーのみかウィークリーのみのタイプがほとんど。両方欲しい私のニーズを満たすものがないんです。)

先日図書館でバレットジャーナルのワークショップがあったので参加した時のこと。講師の彼女はダイアリーやトラベルジャーナルを手作りで作り続けるベテラン。その彼女が今年は手作りが面倒なので優秀な「ほぼ日手帳」を取り寄せたというのです。「I got Hobonichi.」というので、ほぼ日とは糸井さんのウェブサイトとしか知らない私はそんな手帳があるのを知らず「!??」となっていたのですが、帰ってきてウェブサイトを覗くとかなりの人気だと知って私も欲しくなってしまいました。それにアメリカ人でかなり手帳作りをしてきた彼女が行き着いたのが日本製だと知って、それも嬉しくなりました。ちなみにアメリカでは塗り絵も流行っています。

 

(関連のウェブサイト。ご参考になさってみてください。)

Notebooks – LEUCHTTURM1917

文具★萌道 – 「保存」に重点を置く海外の凄いノート:LEUCHTTURM1917

ほぼ日刊イトイ新聞

手作りの手帳「バレットジャーナル」とは?作り方と優れた点をまとめました - オップラ! 

ガネーシャの耳で聴いてみよう

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腰の痛みもかなりましになったので久々にヨガ教室に行きました。先生の奥さん(彼女もヨガ教師)に腰が痛いのならヨガに来たらよかったのに、、、ともっともなことを言われた私。

そうなんです、私は集団の前で弱みを見せて努力するっていうのができないんだなあ。その為のヨガのレッスンなのに。クラスの仲間が一緒だとやつれてる私や苦しんでる私を見せるのが恥ずかしいのでそういう時は家に籠る傾向があります。いい格好しいですね。(笑)いつかどんな私でも堂々としてられるようになるんでしょうか。

それはさておき、今週のレッスンはとても参考になったのでシェアしたいと思います。タイトルにあるように、ガネーシャの耳を持つかのように「聴く」がテーマでした。

マントラのOMに耳を傾けて聞いてみることから始まって、導入の瞑想では呼吸の音や体の内側から聞こえる声や音を聴く、そしてアサナへと入っていきます。一つ一つのポーズでいつも以上にまず体の土台を整えてから聴くことにアプローチします。

土台がしっかりしてないと安定はありませんよね?安定するためには基礎のバランスが大切です。人生も同じですが。例えばスタンディングポーズなら大地へ根ざすエネルギーと天に引っ張られるエネルギーのバランスを意識しますが、これは体の内側へ耳を傾けると普段以上に深い「気づき」が訪れ、「あっ、足の踏ん張る力が足りないな。」とか、形にこだわりすぎていて違和感のある手の位置は、肩をもう少し楽にしてあげる為に手の位置が多少下がったとしても土台はよりしっかりしてバランスは随分よくなります。

ここからは私の感じ方ですが、ポーズの動きの中で「聴く」ということを意識すると体の中では耳の周り、後頭部、首から胸までのあたり(チャクラでいうと第4〜5チャクラと耳の周りにもチャクラがあると言われてますが私はなんと呼ぶのか知りません。そのあたり)にスペースができ、背中の方にも良いエネルギーが回るのを感じます。意識して体の声を聴こうとするとやはり時間がかかるのでポーズの量とか数は減りますが、深く体や心と繋がることができて、ヨガが終わった時の爽快感がかなり早めに訪れます。

今日学んだことは普段私たちはいかにエゴで前のめりになっているかということ。私の場合、家族や猫たちとコミュニケーションする時も「聴く」ことが元々下手なこともあって知らぬ間に結構こちらの一方的な思いを押してしまいがちになっています。

耳を傾けると、エゴが無くなるのかわかりませんが、自然とハートもオープンになるんです。不思議と繋がってます、ここ。耳の後ろや首の後ろ、そこから胸に神経かエネルギーが繋がっていて、ここが整うとハートが溶けるような、そんな感覚になるので気持ちいいです。松果体が活性化するのかな。もう少し調べてみようと思います。

アサナの時、バンダを使ったり、体の内側の線をしっかり引き締めるなど、土台をしっかり保ちながら体の内側で何が起こっているか、耳を傾けてみて下さいね。よりポーズが深まりますよ。

 

 

座り続ける生活の代償

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ブログを更新したいとずっと思いながら、このところヨガより占星術に時間を割いていて、かといってその内容を他の人に共有できる程のレベルにもあらず、中々書く気になれずにいました。

この時期は星の影響でしんどいのもあるかもしれません。正しい場所に正しい人々と正しいタイミングでいる方にとっては、蠍座の金銭面だとか愛情面などでどんどん拡大する性質を持つ木星のパワーがあふれるようでとっても楽しそうなのですが、そうでない場合の人には見たくない過去のことや無意識にあった思いなんかの闇の部分が出てくることでかなりしんどい星回りになっています。

私はまさにそんな影響をうけ、今までなんとか保とうとしていた人間関係において根底から覆されるようなことが起こり、一見問題なさそうだったことがそうじゃなかったんだと、真実が厳しい形で出てくるのを見せつけられました。あーしんどい。

それでも毎日瞑想と占星術の勉強は続けて正気を保ってます(笑)。それとフラワーエッセンスや月1回のホメオパシー治療も並行しているので、大分感情に流されることが減りました。亀のような進歩ではあるのですが、、、。

ヨガもやることはやっていますが、ジェントルヨガやクリヤヨガなどを以前より短めにする位です。勉強に時間がかなり取られるので以前のように体と心を鍛えるハタヨガ中心の生活から体を動かす時間が減ると、頭を使うメンタル中心の毎日になって腰を痛めてしまいました。

普段勉強するのにコーヒーテーブルを机にしてラグの上で正座したりお姉さん座りにして(今でもお姉さん座りっていうのでしょうか笑)くねくね姿勢を変えたりしつつ何時間も座ってます。するとどうも股関節が硬くなってしまい、しまいには2週間前、朝起きた瞬間ギックリ腰のような急性の腰痛に、、、。鍼に行って痛みを取り除いてもらって今は少しずつ腰痛予防のヨガポーズを中心に体を戻していってますが、何事もやりすぎはよくないですね。ちゃんとヨガの効能を知ってるのに、楽な方、快感を覚える方へ行ってしまった結果がこれです。

規則正しい生活と、ヨガ+散歩や運動を習慣にするよう頑張ります〜ー。

 

 

ライブを見にいく

先日好きなアーティストのライブに行った時に、前座でパフォーマンスした人達が素敵でファンになってしまい、Youtubeで動画を見つけたのでシェアしたいと思います。『エコー・マエストロ』です。グッズの販売にも立ち会ってて、とっても性格が良さそうな若い彼で応援したくなりました。おばちゃんになってきた私は若くて頑張ってる子を見ると頑張ってと応援したくなりアイドルを追っかける男性の気持ちが初めてわかった気がします(笑)。動画、日本でも見れるといいのですが、再生できなかったらごめんなさい。15分目あたりの曲が好きです。

 


Echo Maestro @ Variety Playhouse (2-18-17) Full Set

 

 

小さな頃にワクワクした事

久々のブログ更新となりました。皆様お元気ですか?すっかりと秋らしい季節になっているでしょうか。満月は10月6日ですが、中秋の名月と言われるのは10月4日だそうですね。日本は自然を愛でる文化があって、いいなあといつも思います。

フロリダも秋分あたりから日照時間が短くなって午後7時にはもう暗くなるようになりました。ハリケーン・アルマがここを襲ってから2週間くらい経つのでしょうか、未だに外の道路には倒れた木々が至る所に残っていて(ごみ収集車が追いつかないようです。)それを見ると、気分的に暗くなる日が続いてました。

あのハリケーンで受けた心のダメージは思った以上に大きかったです。私達の地域は幸い大きな被害もなく、停電が2日ほど続いただけでしたが、仕事仲間には1週間電気のない生活をしながら仕事に来る人もいたり、家族や親戚に大きな被害があった人もいて、その後またプエルトリコを直撃したハリケーンで家族に連絡が取れない人も何人もいました。そして、一昨日起こったラスベガスでの乱射事件などのニュースや、ここしばらくのトランプ大統領の発言には呆れかえるものも多く、アメリカという国が変化せざるを得ない状況になっていることをひしひしと感じます。

暗い話はこのくらいにして、小さな頃にワクワクしたことってみなさん覚えてますか?どんなことに惹かれたでしょうか?

好きなブロガーさんが満月前に自分の過去に好きだったことを思い出して見てこれが私だ!と言えるものを見つけておきましょう。という内容の記事を書かれていたので、思い出してみました。

小学校低学年くらいの時までの私はいわゆる単純で典型的な女子だったのでお姫様やらキラキラに憧れました。バレエのレオタードの色見本帳を見た瞬間が忘れられないですね。あとは、母のメイク道具やハイヒール、髪の毛を触ったりが好きでした。ある日妹の髪を勝手に切って母を唖然とさせたエピソードもあります。それと母の持ってるアクセサリーも勝手につけたりしてよく怒られてましたが、笑えるのは宝石店のチラシが時々新聞に入ってるんですがそれに載ってる指輪なんかを一個一個切り取って保管してました(笑)。他に好きだったのは塗り絵。それもお気に入りだったのは世界の民族衣装集みたいな、いろんな国の民族衣装を着た女の子の塗り絵で、それは色を塗ったら終わるのが嫌で、大切に大切に眺めるだけにしてました。「パナマ」とか、そんなエキゾチックな名前も覚えています〜。懐かしいな。

ですが、服装やら飾ることに気を使うのは早いと叱られ、高校になっても大学になっても口うるさい母に反抗しつつ、いろいろ試してましたがどこかでファッションに興味持つとろくな事がないと自分を押さえていました。その反動でアメリカに来たばかりの時、私の子供時代の話を知ってる友達が提案してその小さな頃の私の夢を叶える為に派手な服を買ったり、髪型や色を随分変えてました。今の私しか知らない人が見たらビックリすると思います。

ヨガに出会って次第に削ぎ落とすようになり、最近までそれが変わりませんでしたが、月が獅子座にあり、金星が蠍座にある私ですので、実は派手な色やスタイルが好きなことや女っぽい色やスタイルを恥ずかしいと思うことを否定せずそれも私の一部と認めることにしました。いいか悪いかは別にして元の自分に戻っていく過程の気がします。

それとですね、他にも思い出した事があります。小さな頃からの好きだったものを考えるとこうしてアメリカ人の夫と暮らすようになったことも当たり前というか、流れでそうなったようでいて、無意識に実は憧れだったではないか、と今更ながら思い出しました。後天的にはヨーロッパ文化に傾倒してアメリカを毛嫌いしていた私だったので忘れていたことなので無理もないのですが。

私の小さな頃の好きだったのは、ピンクレディーと「奥様は魔女」のあの金髪の奥さんですから!!あっ、あと「大草原の小さな家」も。日本語吹き替えと実際のローラの口が合わなくて、私はあんな風に口をパクパクしながら話すなんて可愛いと思っていたのでした。相当なおバカでした。ともあれ、当たり前の日常生活をありがたく感謝する1日となりました。今こうして占星術やヨガの哲学を勉強してますが、頭に一向に入ってこないのは私がこうした感覚的な単純な脳だからこそではないのか。と薄々気づいているんですよ、、、。

愛しのアンナ・パブロワ

今日はなぜか朝起きてからサンサーンスの「瀕死の白鳥」が頭から離れなかったので、YouTubeでその音楽のミックスリストをかけて過ごしていました。

この曲を聴くと幼い頃に恋い焦がれたバレエの世界、そして自分の原点を思い出します。私は7歳くらいの時にクラシックバレエを習い始め、15歳くらいまで続けていました。

家の近くにある古い洋裁学校を利用して小さな個人のバレエスタジオが開かれていました。母は体の弱かった妹を習わせようとして私はただ付き添いとしてついていきました。結局、肝心の妹は全く興味を示さなかったのですが、レオタードのカラーサンプルを見るなり私の方が色とファブリックの美しさに惹かれて、自分も始めたいと言い出し母に許しを請いました。あの時のことは今でも鮮明に覚えています。

いつもボーイズライクな格好をさせられていた私は躊躇することなく、ベビーピンクのレオタードを選び、妹は3歳という年齢でクールにグレーを選びました(笑)。その時からチュチュやトウシューズといういわゆる女の子らしい世界に憧れて練習に励みステップアップしていきました。先生達のバレエに対する情熱と愛は半端なく、感化されたのは確かですし、純粋に音楽や踊りが好きで楽しかったのだと思います。ピアノや他のお稽古は辞めたくてしょうがなかったけどバレエは将来の事を考えたり親に反対されて辞めようと思っても好きで辞められなかったくらい、好きでした。

なぜ好きだったかは数え切れないくらいあるので今回は辞めておきますが、ヨガと同じで毎日毎日練習しても尽きることのない先があり、みんながその先を目指して最高の舞台を作ろうと一つになる所がたまらなく好きでした。今から考えるとバレエも肉体の表現を超えた内面を体で表現するという芸術であり、魂を表現するわけです。それが何とも粋で、かっこよかったんです。真剣勝負の大人達に魅せられていました。ヨガが対自分であるのに対し、バレエは対観客という違いはあるのですが、、、。(なので厳しい目で批判されるバレエと違い、自分を受け入れる事が許されるヨガは私を解放してくれました。)

母はよく国内外のバレエ団の舞台を見に連れて行ってくれましたし、私の習っていたバレエ団の公演や発表会にも見にきてくれました。父は疲れて席でよく寝てましたー(笑)。

その中でも忘れられない作品のこの「瀕死の白鳥」はおそらく2回ほど見た記憶があります。最近は知りませんが、昔のクラシックバレエの世界ではあまりメジャーでない作品でした。私が見たのはマヤ・プリセツカヤという有名なバレエダンサーともう一人は名前を忘れたのですが、私の先生の舞台に友情出演されていた方で二人とも素晴らしいパフォーマンスだったのを覚えています。

ただ昔から好きだったといえばそんな気もするし、そうではない気もします。けれどもYouTubeでアンナ・パブロワの昔の映像を見つけてから、人間離れした本当に瀕死の白鳥のような、あまりにも神がかったこの踊りを見て、私の思い描くバレエの魂の真髄をここに見つけた気がしてなりませんでした。彼女よりももっと今のダンサーの方がスタイルもいいし、テクニックも高い人が沢山いるのですが、その人達にできない表現をできるのがこの人を天才と言わしめてるんでしょう。バレエを知らない人でも本当に白鳥が今にも命が尽きようとしているように見えるんではないでしょうか。そこがすごい所なんです。

 


"LE CYGNE" (The Swan), with Anna Pavlova in 1925.

 

 

嫌な人との接し方

日本ではお盆で皆さん夏休み真っ最中ですね。この時期は毎年日本にとっては第二次世界大戦終戦記念日もあったり、実家に戻って先祖供養をしたりと先祖と繋がる、非日常的な時間を過ごすことが多いことと思います。

遠くで距離が離れていても、お盆の時期には私は日本を普段以上に強く思い、祈り、日本だけでなく平和な世界をどこにいても維持することを我々が続けていかなければいけないことを心に刻んでいます。

話は身近なことに移りますが、

このところいくら寝ても寝たりないくらい、眠い日が多いです。天候なのか、それとも星回りなのか分からないですが昨日も会社から帰る道で睡魔に襲われ危なかったです。

月食と日食に挟まれたこの時期って大変パワーが強く感じます。なんだか自分の意図とは別に大きな存在か何かにウニーーって曲げられるような、試されているような感覚。

「普段から日常生活でもヨガのアプローチができますか?」「自分の信じていることを信じ続けられますか?」というテストのような出来事が起こり大波小波を必死に渡っていっている感じです。はっきりいって辛い…。

現在、仕事で今まで会った事のないような人が同僚となり私の常識を根本から揺るがされてます。

その方は超お金持ちで働く必要がないのに家にいるとつまらないという理由で仕事をしてるんですが、家柄や自分の持ち物などのステータスなんかにこだわる人で、それでも人と距離感が近かったりして誰とでも仲良くなっちゃうような人で猫を愛する可愛らしいところがあるかと思えば、京都人のような裏表があるところがあり(京都の方、ごめんなさい。)、ヒョエーーーーこっわーーと思うところも見え隠れし、、、

随分その人にエネルギーを奪われたり人を信頼できなくなってしまい他の同僚にも悪い見方をしてしまったりなど過剰反応をしてしまいました。なぜこんなに苦手かと考えたときに、人を傷つけてることがわからない所が嫌だったんです。

ご主人への言動とか職場でちょっと大人とは思えないような行動が常識からは外れているんですが、これはまだまだ表面的なところしか見えてないのかもしれませんし、何より私もそこが気になるということは、私もその傾向がありそれを自分で嫌っているからなのかもしれません。ちょっとはマシだと思いたいのかもしれません。そして神様が私の小さな凝り固まった常識なんて、覆したほうがいいよと言っているのかもしれません。

仕事を始めて1ヶ月もしないときに辞めようかとも思いました。別にあまり関わらないならいいんですが、机も隣、仕事も協力が必要なので結構関わることが多いのです。周りにも辞めるように言われたのですが、結局しばらく考えやめないことにして、自分とは全く合わない人がいてもそれを無視したり拒否する方向ではなく、その人でさえもオッケーになるように、自分がぶれなくなるようになれるようになるまで頑張ろうかと。それができなかったらまたやめても他のところで同じ課題が出てくるのではと思いますし。

本とかでも色々人間関係はこうしたらいいって、ありますよね?でも人と人との関わりっていろんなケミカルが生まれてケースバイケースでその時々でも全然違うものだと思うんです。だから経験値で予想できることもあるけれどもそうでないことも多いし、人からのアドバイスも基本の自分が違うから役に立たないことが多いと私は思います。だから結局は自分が信じていることを人に分け合っていくしかないなと思ってて、恐れではなく愛で接したいなあと。それがその人の前に行くとすぐ忘れちゃうんですけど(笑)。

ビジネスをやってる人ならもっと大変な問題があってこんなことは些細な問題かとは思うのですが、まあ、私の場合は弱いのが感情的なところなので、これは克服したいところではあります。ヨガのアサナをやっていると繊細な感覚を養うことができるけれども神経を図太くすることはできないですよね?そうなりたいとも思いませんが。

だから繊細な感情を持つ良さと人から影響も受けないくらいの強い芯を持ったパワーをバランスよく兼ね備えられるようになりたいです。少しずつ、少しずつ、自分を信じながら。